出逢う前から相手の人生を変えてしまう
「凄ワザ」の持ち主
I found myself moving without realizing it.
「一体どれほどの視点の高さの持ち主なのだろうか」
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一見、綺麗ごとのように聞こえるこの言葉の真意を
受けとめることができるのは、
一体どれほどの視点の高さの持ち主なのだろうか。
こうした世界をたとえ想像はできても実際に、
「素」の状態でこの次元に立ち続けることができるのとでは、
自ずとそこには差が生じるのだと感じます。
それこそ、何千冊もの本を読み勉強したからといって、
このようにはなれない。
きっとこのようになりたくて
哲学や思想等を勉強するのでしょう。
心の底から純粋にこの在り方になれる人が
行きつく境地というものなのかもしれません。
そして、この在り方そのものが《マインドの法則》を生みだしたとも言えます。

「とんでもないことをやってのける人」
I find social interactions to be more enjoyable now.
───
なぜ、このようなことが「素」の状態でできるのだろうか。
それは何もなくとも先生の[want]は、その先にある「何か」を信じているからです。
どんな状況だろうと、どんな相手であろうと、その潜在的な可能性を信じている。
1%でもそれを感じられたら120%信じる。
たとえ0からでもマイナスからでも、先生にとっては同じこと。
それが限界をつくらないという在り方なのだと思います。
そこに必要なのは、未来を信じる勇気だけだと言われる。
「[イマジネーション]の限界が、人間の能力の限界をつくる」とは
まさにそのことなのだと先生から教わりました。
そんな風に本気で立ち向かう人間を間近にして、
心を動かされない人間はいないと思います。
たとえ逃げ腰で自らの人生から目をそむけ、ごまかして偽って、
どうしようもない自分を自ら見捨てようとする、臆病でずるい人間であっても、
先生はその手を決して離したりしない。
うまく伝えられない人間、こんがらがっている人間、
たくさんのものを持った才能豊かな人間の喪失感であろうとも、
先生は決して軽んじない。
そういう人です。
見えなくなった希望をどこからか探しだし、真っ直ぐに見せてくれる。
そして気づくと誰もがそれに向かって自ら歩きだす。
そこに先生の言う勇気が生まれているからです。
そういうトンデモナイことをやってのける人です。

「潜在的な根っこを見極め、与え続ける人」
I find social interactions to be more enjoyable now.
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先生は、《マインドの法則》=地球規模の綺麗ごとを、自ら実践しているのです。
あるとき世間ではよく知られている著名な作家の方が、こんなことを話してくれました。
「僕は、社会のことや世界のことなど、日常ではまったく考えたりしない。
だからそれについて何気ない会話なんてできない。
自分のこと、自分の周りにいる人の幸せはもちろん願うけれど、
まして自分を知らない他人や、自分に無関心な人に何かしたいとか、
関わりたいとも思わない。
けれど、久瑠あさ美という人は、まったく僕の周りにはいない人間で、
超過密なスケジュールの日にも、何かそういった次元においてのスイッチを持っていて、
自分云々をまったくそっちのけで、無心で勇敢に跳び越えていく。
それこそ地球レベルの観点で言葉を発する。
いつだって本気で全然、もう芽なんて出ないんじゃないかというような
植物に水を与えるようで、その潜在的な根っこをちゃんと見極めていて、
だから信念を持って与え続けることができる。
困っている人を助けたいとか、何かしてあげたいという個人レベルの
いわゆる優しさというのではない。
絶対的な愛というか社会次元の勇気というか、
何か本当にそんなことをやっている人がこの時代にいるんだ
と思うと驚きでしかないし、いつ会ってもまったくそこはブレずにいて、
本当に信じられなくて……」
そんな言葉で先生を表現されていました。
先生のベースが、日常が、何気ない時間においても、
地球的視点、社会的視点。だからこそ、素のままにして、
《マインドの法則》を伝えられるのです。

「気づいていようがいまいが、
人間は皆自分と、
その潜在的な自分と出逢うことで、
〝何か〟が動きだすことを細胞レベルで
求めているのかもしれません。
そしてその潜在的な自分以外に、
その自分を動かしてくれる存在は
ないのです」
出逢った人間の人生にパラダイムシフトを起こす業
The work of bringing about a paradigm shift in the lives of those you meet.
───
先生のこの言葉が思いだされます。
潜在意識の自分に気づくことなんてできない。
僕はずっとそう思っていました。
しかし、先生はそれを〝心の業〟として教えている。
そんなことを教えられる人がいるんだということが何よりの驚きであり、
出逢った人間の人生にパラダイムシフトを起こす。
まさに「一期一会」という言葉があるように、
そうした存在と出逢ったというところから、自らの在り方が変わり、
新たな人生が始まっていくのだと誰もが感じることができるのだと思うのです。

一人一人の高く引き上げられた
[マインド・ビューポイント]は、
各々に社会的な使命感を生みだします。
それは各人の信念となり、
自分の社会的な役割を
明確にしていきます。
自らの信念で動く
使命感を持った人間のエネルギーは、
とてつもなく強いのです。
そうした人々が
社会で機能しはじめることで、
揺るがすことが不可能に思えた
現実世界そのものまで
変革していくことでしょう。
出逢う前からすでに相手のビジョンを創り出す
Create a vision for the other person before you even meet them
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出逢う前からすでにこうしたスケールで一人ひとりのトレー二ングを捉えていて、
それを自ら創りだしていくことをビジョンに掲げている。
こうした使命感で生きている人が存在しているという証が、
実践で学ぶ人々の変化であり、その空間で生みだされる言葉の中に、
久瑠あさ美という一人の人間としての存在すべてが凝縮されているのだと
改めて思うのです。
メンタルトレーナーとして
クライアントに向かい合うとき、
当然、
私は[心の視点]を高く引き上げて、
相手を感じとっています。
そのときの私には
主観的「自分」というものがありません。
自分を無にして、
ただ相手の心にピタリと寄り添い、
相手を感じとることに徹します。
その意味で、私は
「相手が無意識の中で求めている役を
真に演じきることを
自らに課している」
とも言えるのです。
究極的に言えば、
「自分」を手放せないでいることは、
[心の視点]を引き上げることを
難しくさせているのです。
実践的なメソッドが無限に誕生する
An infinite number of practical methods are born
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先生のメソッドが実践的なのは、
まさに先生が限界を超えようとされる瞬間に生みだされた、
究極の極意だからなのだと感じる瞬間がいつもあります。
───
視点を上げるためには自分を手放さないと上がらない。
ということは《マインドの法則》を実践していくことで、
自我を消すことができるようになるということ。
そうすることで自分事が他人事として捉えられるようになります。
僕自身、他人事を自分事にできることで、
人生が大きく変わるという体験を何度もしました。