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Story 5
マインドビューポイント

超越した世界観を体感し人生の景色を変える”心の業”

大自然からのインスピレーションによって生まれる
感性のワーク”心の業”

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樹齢千年の樹を見て、「愛」の領域まで感じとる感性。
これもインプット力、イマジネーション
つまりそれこそが久瑠先生の潜在能力なのだと思います。
力のなせる“心の業“

人生のスケールを拡張させる内観トレーニング

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人間は、ある程度根っこが育つと、そのまま放置して、
葉っぱや実しか見なくなる。
知らないうちにバランスを自分で崩し突き進んでしまうから、
大変な事態を迎えることになる。
そしていつしか自分の根っこで、自分を支えきれなくなる。
そのときに気がついても遅い。
だから目に見えない「心の根っこの部分にフォーカスを当て、
自分を掘り起こしていく内観トレーニング」によって、しっかりと鍛え、
人生のスケールの次元を一気に拡張させていく、そのために日々、
何をやるか。どう自分の日常と向き合うか。
そのマインドの在り方を体得するための
“心の実学”&ブリッジワーク 72時間集中セミナーが生まれたのです。

螺旋を描くように潜在意識を呼び起こす
「伝える」から無意識に「伝わる」コミュニケーションへ

先生は、「インプットとアウトプット、この両方をバランスよくできる人は少ない。
よくしゃべる人が情報を持っていると思われがちですが、
表面的ではなく深層的には案外あまりしゃべらない
人のほうが強く感じていたりすることも多くある」と
バランスよく両方の能力を磨いていくことで、
コミュニケーションが、「伝える」という一方的な方向から、
無意識に「伝わる」になるよう伝授しています。
《マインドの法則》は[マインド・ビューポイント]、
[want]、[イマジネーション]の三つのプロセスと、
「感じる力=インプット」、「表現する=アウトプット」を磨く、
この五つにより潜在能力が呼び起こされます。
螺旋を描くようにして、どこからでも潜在能力は引きだされます。

[マインド・ビューポイント]を操り景色を変える

自然界と樹全体(社会と自分)を達観して捉える
[スーパー・マインドビューポイント]。
自由自在に心の視点である[マインド・ビューポイント]を、
自ら操ることができる領域に到達できるようになると、
自分の周りの景色が、こんなにも大きく変わるものなのかと驚かされます。

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ここで、『マインドの法則 実践ワーク』にも記述されている、
“心の実学”&ブリッジワーク 72時間集中セミナーの
代表的なトレーニングの一つでもある、「鏡のワーク」をご紹介します。

自分では見えていない世界を、
脳内でも立体的に体感できる「鏡のワーク」

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先生は、「結局、人は、見ているところしか見えていない。
見ているようで見ていない。
見えないのではなく、見ようとしていないだけ」とも言われていました。
人は、本当に自分のことしか見ていない。
主観的にしか物事を考えていないときが大半で、
ほとんどの時間が自分中心の自分視点。
先生はほとんどの時間が空間視点で、その場全体の空間で捉えている。
この視点の違いできっと見えているもの、
感じられる世界が大きく違っていくのだと思うのです。
あるとき、美術館で横山大観展を観てこられた先生の感想を
聞いたときのことをお話しします。
「先生は、どうしてそんなことまでわかるのだろう」と驚かされました。
100年以上も前の時代の画家なのに、まるで先生とこの画家が友人だったように、
一枚の絵について、墨絵のタッチや、屏風の構図のことを交えながら、
まるで本人と話してきたかのようにこちらに伝わってくるのです。
聞いている僕までが、そのやりとりを脳内で体験できるというかなんというか、
凄く立体的な内容になるのです。
何より驚かされるのは、横山大観のことも水墨画のことも、
この個展にふらりと立ち寄って観られただけなのにこのようにお話しされるのです。
そのとき、先生が話されたことを走り書きですが、
とっておいたメモがあるのでここに羅列してみます。

人間は限界を超え潜在的な「何か」に挑むとき輝きを放つ

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これはごく一部だけですが、このような話がどんどん出てくる。
正解かどうかなどそこにはなくて、すべてはその瞬間に感じとったまま、
活き活きと伝えてくる。
自分の考えや入れ込んだ知識で話してはいないのです。
先生が、そのメタ認知脳で横山大観の世界にダイブすることで、
そこに描かれている、雲、波、海といった
大自然そのものを体感できるのは、頭でわかろうとするのではなく、
潔よく無防備に飛び込んでいく〝心の業〟のなせる力とも言えます。
それらの作品から、筆の微細なタッチから、先生が探し当てるのは、
そこに潜んでいるたくさんのその人の魅力、
人間が限界に挑む瞬間の輝きといった、潜在的な「何か」なのだと思うのです。
だから先生のお話を聞いていると、
自然にこの画家の人生に凄く興味が湧いてくる、魅力を感じる。
ああ、だからこういう絵を描いたんだというイメージまでも湧いてくる。
僕一人で見ていたら、カタログに書いてある平面的な時系列の内容だけで、
そもそも日本画にも大観にも興味がないのだから、
自分の何か、ましてや人生になどつながることもなく、
すぐに忘れてしまうと思うのです。
一体これは何が違うのか。その理由はすでにお伝えしたように、
ものの見方、インプットです。
僕には見えていないもの(そもそも見ようとしていないのかもしれません)が
たくさんあるということなのですが、それにしてもこんなに違うものなんだと
いつも驚かされます。

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使命