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Story 2
真・美・眼

出逢う前から相手の人生を変えてしまう
「凄ワザ」の持ち主

「一体どれほどの視点の高さの持ち主なのだろうか」

───
一見、綺麗ごとのように聞こえるこの言葉の真意を
受けとめることができるのは、
一体どれほどの視点の高さの持ち主なのだろうか。
こうした世界をたとえ想像はできても実際に、
「素」の状態でこの次元に立ち続けることができるのとでは、
自ずとそこには差が生じるのだと感じます。
それこそ、何千冊もの本を読み勉強したからといって、
このようにはなれない。
きっとこのようになりたくて
哲学や思想等を勉強するのでしょう。
心の底から純粋にこの在り方になれる人が
行きつく境地というものなのかもしれません。
そして、この在り方そのものが《マインドの法則》を生みだしたとも言えます。

「とんでもないことをやってのける人」

───
なぜ、このようなことが「素」の状態でできるのだろうか。
それは何もなくとも先生の[want]は、その先にある「何か」を信じているからです。
どんな状況だろうと、どんな相手であろうと、その潜在的な可能性を信じている。
1%でもそれを感じられたら120%信じる。
たとえ0からでもマイナスからでも、先生にとっては同じこと。
それが限界をつくらないという在り方なのだと思います。
そこに必要なのは、未来を信じる勇気だけだと言われる。
「[イマジネーション]の限界が、人間の能力の限界をつくる」とは
まさにそのことなのだと先生から教わりました。
そんな風に本気で立ち向かう人間を間近にして、
心を動かされない人間はいないと思います。
たとえ逃げ腰で自らの人生から目をそむけ、ごまかして偽って、
どうしようもない自分を自ら見捨てようとする、臆病でずるい人間であっても、
先生はその手を決して離したりしない。
うまく伝えられない人間、こんがらがっている人間、
たくさんのものを持った才能豊かな人間の喪失感であろうとも、
先生は決して軽んじない。
そういう人です。
見えなくなった希望をどこからか探しだし、真っ直ぐに見せてくれる。
そして気づくと誰もがそれに向かって自ら歩きだす。
そこに先生の言う勇気が生まれているからです。
そういうトンデモナイことをやってのける人です。

「潜在的な根っこを見極め、与え続ける人」

───
先生は、《マインドの法則》=地球規模の綺麗ごとを、自ら実践しているのです。
あるとき世間ではよく知られている著名な作家の方が、こんなことを話してくれました。
「僕は、社会のことや世界のことなど、日常ではまったく考えたりしない。
だからそれについて何気ない会話なんてできない。
自分のこと、自分の周りにいる人の幸せはもちろん願うけれど、
まして自分を知らない他人や、自分に無関心な人に何かしたいとか、
関わりたいとも思わない。
けれど、久瑠あさ美という人は、まったく僕の周りにはいない人間で、
超過密なスケジュールの日にも、何かそういった次元においてのスイッチを持っていて、
自分云々をまったくそっちのけで、無心で勇敢に跳び越えていく。
それこそ地球レベルの観点で言葉を発する。
いつだって本気で全然、もう芽なんて出ないんじゃないかというような
植物に水を与えるようで、その潜在的な根っこをちゃんと見極めていて、
だから信念を持って与え続けることができる。
困っている人を助けたいとか、何かしてあげたいという個人レベルの
いわゆる優しさというのではない。
絶対的な愛というか社会次元の勇気というか、
何か本当にそんなことをやっている人がこの時代にいるんだ
と思うと驚きでしかないし、いつ会ってもまったくそこはブレずにいて、
本当に信じられなくて……」
そんな言葉で先生を表現されていました。
先生のベースが、日常が、何気ない時間においても、
地球的視点、社会的視点。だからこそ、素のままにして、
《マインドの法則》を伝えられるのです。

出逢った人間の人生にパラダイムシフトを起こす業

───
先生のこの言葉が思いだされます。
潜在意識の自分に気づくことなんてできない。
僕はずっとそう思っていました。
しかし、先生はそれを〝心の業〟として教えている。
そんなことを教えられる人がいるんだということが何よりの驚きであり、
出逢った人間の人生にパラダイムシフトを起こす。
まさに「一期一会」という言葉があるように、
そうした存在と出逢ったというところから、自らの在り方が変わり、
新たな人生が始まっていくのだと誰もが感じることができるのだと思うのです。

出逢う前からすでに相手のビジョンを創り出す

───
出逢う前からすでにこうしたスケールで一人ひとりのトレー二ングを捉えていて、
それを自ら創りだしていくことをビジョンに掲げている。
こうした使命感で生きている人が存在しているという証が、
実践で学ぶ人々の変化であり、その空間で生みだされる言葉の中に、
久瑠あさ美という一人の人間としての存在すべてが凝縮されているのだと
改めて思うのです。

実践的なメソッドが無限に誕生する

───
先生のメソッドが実践的なのは、
まさに先生が限界を超えようとされる瞬間に生みだされた、
究極の極意だからなのだと感じる瞬間がいつもあります。

───
視点を上げるためには自分を手放さないと上がらない。
ということは《マインドの法則》を実践していくことで、
自我を消すことができるようになるということ。
そうすることで自分事が他人事として捉えられるようになります。
僕自身、他人事を自分事にできることで、
人生が大きく変わるという体験を何度もしました。

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潜在意識