超越した世界観を体感し人生の景色を変える”心の業”
Born from inspiration from nature Sensitive work “Work of the heart”
大自然からのインスピレーションによって生まれる
感性のワーク”心の業”
たとえ自分をとりまく世界が、
ある日ガラリと変わっても、
潜在能力を引きだしながら
自らのチカラで生きていく。
そのチカラを私たち人間も
ちゃんと持っている。
そして、これから自分が何をしたいのか、どこに向かっているのか―
「未来のビジョン」が
一気に溢れだしてきました
大木のような在り方、存在、
それこそが「愛」そのものなのだと
感じられました。
人間力の源泉もまた、「愛」です。
自分への愛が内側から溢れだしたとき、
自らをとりまく世界へと
愛がつながっていく。
そのことを深く体感できる時間。
そして、じっくり自分の内側を
掘り起こす場を創りだしたい。
───
樹齢千年の樹を見て、「愛」の領域まで感じとる感性。
これもインプット力、イマジネーション
つまりそれこそが久瑠先生の潜在能力なのだと思います。
力のなせる“心の業“

人は、どうしても社会や他人の人生を
表面的に見てしまう傾向があります。
けれど、そういった情報というのは、
人生のスケールを拡張してしまえば、
実はそれほど重要なことではないのです。
問題なのは、その木の根っこが根腐れを
起こしているかいないか、です。
それは目に見えていない部分、
人間でいえば潜在意識の領域を指します。
未来を担っているのは、
地中に根を張る根っこの部分なのです
人生のスケールを拡張させる内観トレーニング
Naikan training to expand the scale of your life
───
人間は、ある程度根っこが育つと、そのまま放置して、
葉っぱや実しか見なくなる。
知らないうちにバランスを自分で崩し突き進んでしまうから、
大変な事態を迎えることになる。
そしていつしか自分の根っこで、自分を支えきれなくなる。
そのときに気がついても遅い。
だから目に見えない「心の根っこの部分にフォーカスを当て、
自分を掘り起こしていく内観トレーニング」によって、しっかりと鍛え、
人生のスケールの次元を一気に拡張させていく、そのために日々、
何をやるか。どう自分の日常と向き合うか。
そのマインドの在り方を体得するための
“心の実学”&ブリッジワーク 72時間集中セミナーが生まれたのです。

「心の視点を引き上げ、
目に映るものではなく、
一気に見えない何かを感じとれるマインドを創り上げること。
そして一人一人の潜在能力を
引きだすこと」
それこそ久瑠式トレーニングです。
マインドにおいても、成長したい[want]によって、
[イマジネーション]を働かせることで、樹齢千年の大木になるまで、
[マインド・ビューポイント]を
引き上げていく。
根を伸ばし養分を吸い上げることで、
「感じる力=インプット」を
強くしていきます。
芽を出した苗木が、
美しい花を咲かせ、
実を成らすようにして、
「表現する=アウトプット」する
ということ。
[マインド・ビューポイント]が
高く引き上がることで、
心のスポットライトは
より一層照らす範囲が拡がっていきます。
[スーパー・マインドビューポイント]
まで引き上がることで、
人生のスケールが
格段に拡がるイメージです。
実が落ちても、
すぐにまた再起しリカバリーできる、
そんな大木のようなマインドを
育てたいと願って、
日々、一つとして同じではないマインドを創り上げるため、
様々なトレーニングを重ねているのです。
螺旋を描くように潜在意識を呼び起こす
「伝える」から無意識に「伝わる」コミュニケーションへ
Awaken the subconscious mind in a spiral manner
From “communicating” to unconsciously “communicating” communication
先生は、「インプットとアウトプット、この両方をバランスよくできる人は少ない。
よくしゃべる人が情報を持っていると思われがちですが、
表面的ではなく深層的には案外あまりしゃべらない
人のほうが強く感じていたりすることも多くある」と
バランスよく両方の能力を磨いていくことで、
コミュニケーションが、「伝える」という一方的な方向から、
無意識に「伝わる」になるよう伝授しています。
《マインドの法則》は[マインド・ビューポイント]、
[want]、[イマジネーション]の三つのプロセスと、
「感じる力=インプット」、「表現する=アウトプット」を磨く、
この五つにより潜在能力が呼び起こされます。
螺旋を描くようにして、どこからでも潜在能力は引きだされます。

長年、メンタルトレーニングに携わり、
多くの人々のマインドと
向き合ってきたことで、
最終的には「どう生きるのか」の
生き様の指針を狙っていくのが、
「感性」であり、
根底に絶対的な支えとなるものが、
誰もが持ち得ている潜在的な
「愛のチカラ」なのだと実感しています。
いつだって自分のマインドに
フォーカスを向け、
心のスポットライトを自分に照らすこと。
心の視点が引き上がれば、
マインドスポットは拡く世界を
照らしだします。
その中に存在している自らのマインドが
世界を取り込んだり、
世界とつながったり自由自在に動き回る
感覚を持つことができます。
すると、どこに誰といても、
自分はちゃんとこの世界に
存在していることを
体全体で感じられるようになれる。
心の視点と視座が変われば、
パラダイムシフトが起きます。
それが《マインドの法則》だからです。
[マインド・ビューポイント]を操り景色を変える
Manipulate [Mind Viewpoint] to change the scenery
自然界と樹全体(社会と自分)を達観して捉える
[スーパー・マインドビューポイント]。
自由自在に心の視点である[マインド・ビューポイント]を、
自ら操ることができる領域に到達できるようになると、
自分の周りの景色が、こんなにも大きく変わるものなのかと驚かされます。
久瑠式トレーニングは、
一つ一つの問題対処法を
伝えるのではなく、
どんな問題が起きても、
どんな状況に陥っても、
自力でリカバリーできるマインド力を、
その人の内側に創り上げることを
目的としています。
そのためマニュアル的な知識を伝える、
いわゆる「形式知」ではなく、
感覚的な体感を通して伝えていく
「暗黙知」を大切にしています。
「形式知」とは、
すでに形となって表に現われ、
誰にでも認識が可能で、
客観的に捉えることができる
知識のことです。
「暗黙知」とは、
一人一人の体験に根差す信念、
ものの観方、価値システムといった、
無形の要素を含んだ、
言語化されていない状態で、
持っている知識のことを指します。
この「暗黙知」を体感トレーニングで
伝えるために必要なのが、
〝心の業〟なのです。
《マインドの法則》は、
人間のマインドが「主」で、
法則が「従」です。
人間の数だけ、
《マインドの法則》はあり、
順応的に適応されていくものです。
法則を各々の人生で活用していくことが、
何より重要なことなのです。
「法則通りにすれば、
人生は変えられるのか」
「どうしたら、その通りになるのか」と、
人はすぐに形式知である方法論に、
自分を当てはめようとします。
頭で理解したがる生き物だからです。
方法論として説明できるほど、
人間の潜在意識のスケールは
小さくありません。
潜在意識の法則を、
暗黙知として伝える
トレーニングの意義は、
だからこそ非常に大きいのです。
───
ここで、『マインドの法則 実践ワーク』にも記述されている、
“心の実学”&ブリッジワーク 72時間集中セミナーの
代表的なトレーニングの一つでもある、「鏡のワーク」をご紹介します。
このワークは、
特別な部屋を利用して行います。
まず、参加者Aさんに
部屋に入ってもらいます。
部屋の前方の壁は、全面、鏡です。
そして、部屋の中央の立ち位置に
立ってもらいます。
「鏡を見て、自分を確認してください」
と先生はA さんに伝えます。
Aさんが、その位置に立つと、
目の前の鏡の中に
自分自身が映しだされます。
そして、鏡の中の自分自身と
視線を合わせることになります。
次に「カメラマンを意識して、
ポーズを取ってみてください」
と伝えます。
全面が鏡になっている壁の右側に、
ビデオカメラを肩に担いで、
ちょうど鏡に映ったAさんに向けて、
カメラを持ち立っているカメラマンの絵が貼ってあります。
これは、Aさんがカメラマンと
鏡に映った自分を、
リアルな一つの景色として
体感できるようにするためです。
Aさんは、好きなポーズをとります。
撮られている自分に意識を向けるのです。
次に、「鏡ごしにあなたを
見つめている人と、
目を合わせてください」と伝えます。
Aさんの後ろに、
私の助手が鏡越しに
Aさんを見つめながら歩き、
Aさんに近づいたりして、
その間、鏡を通してAさんと助手は
視線を合わせています。
次に、「カメラマンのカメラに
自分が写るポジションに、
移動してみてください」
と伝えます。
Aさんは、カメラマンが向けている、
カメラのレンズを意識しながら、
ちょうどそのフォーカス内に入るよう、
前に少し出たり、
横に歩いて移動します。
そして、そこに映しだされているはずの
自分の姿をイメージしながら、
自分自身を感じていきます。
そして、最後。
「この部屋には
青いボールはいくつありますか?」
「何人の人が見えていますか?」
そう言葉をかけながら、鏡に向かって
立っているAさんの背後で、
大きなボールを転がしたり、
見知らぬ人が突然、
通りすぎたりします。
私自身も、Aさんの背後を
歩き回ったりします。
どの動きも、
鏡にはしっかり映しだされています。
そこで再び尋ねます。
「今、あなたには、何が見えていますか」
これは、参加者の心にパラダイムシフトを起こすための問いかけでもあります。
この「鏡のワーク」を
経験した参加者からは、
「すべてをここに言語化することは
できませんが、
マンツーマンのパーソナルトレーニングを受けたような気がする」
と言われます。

これは参加者にパラダイムシフトを
起こすため、
私自身が鏡の前で
一人一人の潜在意識を感じながら、
マンツーマンで言葉をかけながら
行うことで、
様々な心の視点と、
その体感を直に感じてもらうこと。
それがこの「鏡のワーク」の
真の目的だからです。
あなたも鏡に映る自分を
イメージしてみてください。
鏡の中の自分を見つめた時点で、
あなたはすでに自分以外は
見えなくなるはずです。
「カメラに向かってポーズをとってみて」
と言われて、ポーズをとった時点で、
そこに存在はしていても、
あなたにはカメラマンのレンズに
映っているであろう自分以外は、
すでに見えていません。
同様に、後ろを歩いている助手と
目を合わせた時点で、
すでにあなたには助手以外のものは
まったく見えなくなります。
最後、背後でボールを転がしたり、
知らない人が歩いたり、
私が動いているのを
鏡を通して見た時点でも、
あなたの目には、
それら以外のものは映らなくなります。
カメラのピントが合った時点で、
あなたはそれ以外のもの、
自分をも見失ってしまうことになります。
一番最初の「鏡に映っている自分」を
見るというのは、
「もう一人の自分」という存在を
認識する心の視点。
次にカメラマンの
カメラレンズに向かって、
ポーズをとるのは、
「もう一人の自分」を意識することで、
実際の自分から離れる(自由になる)
ことになる視点です。
そして背後に歩きだした助手と、
鏡の中で目を合わせていくのは、
他者を意識し、
相手と視点を共有する視点。
カメラマンのカメラのレンズを通し、
映しだされた自分の姿を
イメージする視点。
そして最後に、
「では、この部屋にいるあなたには、
何が見えていますか」
という問いかけによって、
体験者のマインドに
パラダイムシフトを引き起こします。
人は無自覚な自分の目が映しだす世界を
感じとることができると、
それまで見ていた世界を、
一気にひっくり返すほど衝撃的な体感を
得ることができます。
自らの心の「視点と視座」を変えながら、
無限大に[マインド・ビューポイント]を引き上げることのできる、
心の視点の持ち主を
創り上げていくのです。
様々に変化する心の階層を
実体験として感じとることで、
視点を段階的に習得することができる、
画期的なトレーニング、
それがこの「鏡のワーク」です。
自分では見えていない世界を、
脳内でも立体的に体感できる「鏡のワーク」
“Mirror work” allows you to experience the world that you cannot see in three dimensions, even in your brain.
───
先生は、「結局、人は、見ているところしか見えていない。
見ているようで見ていない。
見えないのではなく、見ようとしていないだけ」とも言われていました。
人は、本当に自分のことしか見ていない。
主観的にしか物事を考えていないときが大半で、
ほとんどの時間が自分中心の自分視点。
先生はほとんどの時間が空間視点で、その場全体の空間で捉えている。
この視点の違いできっと見えているもの、
感じられる世界が大きく違っていくのだと思うのです。
あるとき、美術館で横山大観展を観てこられた先生の感想を
聞いたときのことをお話しします。
「先生は、どうしてそんなことまでわかるのだろう」と驚かされました。
100年以上も前の時代の画家なのに、まるで先生とこの画家が友人だったように、
一枚の絵について、墨絵のタッチや、屏風の構図のことを交えながら、
まるで本人と話してきたかのようにこちらに伝わってくるのです。
聞いている僕までが、そのやりとりを脳内で体験できるというかなんというか、
凄く立体的な内容になるのです。
何より驚かされるのは、横山大観のことも水墨画のことも、
この個展にふらりと立ち寄って観られただけなのにこのようにお話しされるのです。
そのとき、先生が話されたことを走り書きですが、
とっておいたメモがあるのでここに羅列してみます。

「西洋画に比べて
日本画は自由度が高い……
構図の中で安定させない違和感を
感じさせてくれるのですが、
その繊細な大胆さがなんともロック……
思いきった視点を絵の中に
投影させている。
なんともいえなく味のある
特徴的な親しみやすさは、
独特の遠近法から生まれていて、
描きたい対象へのフォーカスの当て方が、
やっぱりロックでカッコいい。
強烈に見るものの視点を
塗り替えてしまう……
大観の視点に大胆に引き寄せられていく」
「体温が変わる瞬間が何度もあって、
リズムとテンポ、
ビートを効かせているようで、
屏風の前に立つと、
そのダイナミックな音響効果で、
ずっとそこに居たいと思わせる、
多分視点を思いっきりしゃがみこんで、
低いところから
寝っ転がった視点というか、
自在に変えてくる。
そうやって居心地やマインド空間までも、持っていかれてしまう……」
「水墨の良さは勢いが
ナイーブに出るところにある……
横山大観は片ぼかしで名を上げたが、
片ぼかしの前に全ぼかしをやっている。
何がなんだかわからないといって
追いだされても、
ぼかしをやめずにやりぬき、
そして半分ぼかしてみようと
やってみた。
仲間同士でいいじゃないかと思うものを
探求し、片ぼかしで自分を超えた……」
「で、水墨画にしかできないことはなんだと思いますか……
それは、地の色を残すこと……。
地の色を活かすこと。
染まっていないところが、
月に見えたり、
雲に見えたり、
波に見えたり、
川に見えたりする。
何ものせていないところが、
そう見えてくる。
それを逆算して創るのが
水墨画の世界にはあって、
色を塗ったから、
水色を塗ったから空じゃない。
青に塗ったから海じゃない……」等々。
人間は限界を超え潜在的な「何か」に挑むとき輝きを放つ
“Humans shine when they transcend their limits and challenge something latent.
───
これはごく一部だけですが、このような話がどんどん出てくる。
正解かどうかなどそこにはなくて、すべてはその瞬間に感じとったまま、
活き活きと伝えてくる。
自分の考えや入れ込んだ知識で話してはいないのです。
先生が、そのメタ認知脳で横山大観の世界にダイブすることで、
そこに描かれている、雲、波、海といった
大自然そのものを体感できるのは、頭でわかろうとするのではなく、
潔よく無防備に飛び込んでいく〝心の業〟のなせる力とも言えます。
それらの作品から、筆の微細なタッチから、先生が探し当てるのは、
そこに潜んでいるたくさんのその人の魅力、
人間が限界に挑む瞬間の輝きといった、潜在的な「何か」なのだと思うのです。
だから先生のお話を聞いていると、
自然にこの画家の人生に凄く興味が湧いてくる、魅力を感じる。
ああ、だからこういう絵を描いたんだというイメージまでも湧いてくる。
僕一人で見ていたら、カタログに書いてある平面的な時系列の内容だけで、
そもそも日本画にも大観にも興味がないのだから、
自分の何か、ましてや人生になどつながることもなく、
すぐに忘れてしまうと思うのです。
一体これは何が違うのか。その理由はすでにお伝えしたように、
ものの見方、インプットです。
僕には見えていないもの(そもそも見ようとしていないのかもしれません)が
たくさんあるということなのですが、それにしてもこんなに違うものなんだと
いつも驚かされます。